旧車のシールゴム収縮・膨潤問題とエンジンオイルの関係
- Verior
- 9月7日
- 読了時間: 5分
更新日:9月29日
旧車とシール(ゴム)の関係は昔から言われていますが、みんな結果論だけが先走って本質的な理屈に出会ったことがありません。
・よく知りもしないのに「鉱物油は分子の大きさが----」とか言っちゃう人
・結果だけを見て「化学合成油は----」とひと括りにしちゃう人
・「昔のエンジンはシールの材質が----」と言っておきながらその材質名には一切触れない人
こういう知ったかぶりには惑わされないようにしたいものです。
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さて結論から入りましょう。
アニリン点の高いオイルはNBR(ニトリルゴム)を収縮させる。
現代のオイルは規格にシールゴム適合性を見るメソッドがある為、旧車時代の車に入れても心配いらない。
それでは解説です。
第一章【ニトリルゴムと鉱物油は相性バッチリ】
ゴム(エラストマー素材)は油脂に晒された場合にそのアニリン点の影響を大きく受けます。
アニリン点の高い油脂はゴムを収縮させる
逆にアニリン点の低い油脂はゴムを膨潤させる
ただしゴムの素材によって体積変化が顕著なものもあれば逆に安定しているものもあり、素材の見極めが重要です。

旧車時代(概ね'80年代以前)は、それより昔の時代と違ってシールにゴム素材(NBR(ニトリルゴム))が主流で使われていました。
ニトリルゴムはアニリン点の影響を特に強く受ける素材で、油脂との相性が非常に重要です。
ただしアニリン点100℃付近で収縮も膨潤もしない安定した傾向を示す素材です。
そして当時主流だった鉱物油(グループI)のアニリン点は90〜100℃前後。
これはニトリルゴムと非常に相性が良く、問題なくシール性能を発揮していました。
ゴムメーカーも当時の(鉱物油の)エンジンオイルに合わせて設計・開発した背景もあるのでしょう。
第二章【PAO、それはオイル漏れの代名詞】
そんな安定した時代に、突如として「化学合成油」の称号を持つ、なんかすごいやつが現れました。
それが「PAO(パオ)(ポリ・アルファ・オレフィン)」でした。
PAOは鉱物油が苦手としていた低温域の流動性に優れていて、当時センセーショナルなCM(←バナナで釘が打てる温度でもサラサラ!)によってまたたく間に知名度が広がりました。
次世代の高性能オイルとしてもてはやされましたがそれも束の間。
使用者から「入れるとオイルが漏れる」との風評が沸き立ち、これまたまたたく間にその噂は全国に広がりました。
この事件(?)をきっかけに、オイル界隈では「鉱物油 vs 化学合成油」の図式が出来上がってしまい今に至ります。
ではPAOベースのエンジンオイルを入れるとなぜ漏れてしまったのか。
それは前段で解説したとおり、アニリン点が影響します。
各ベースオイルの代表的なアニリン点
鉱物油(グループI) ... 90〜100℃
鉱物油(グループII) ... 100〜110℃
鉱物油(グループIII) ... 110〜125℃
GTL(グループIII+) ... 125〜140℃
PAO(グループIV) ... 120〜130℃
ポリオールエステル(グループV) ... 40〜70℃
もう一度おさらいとして、
アニリン点の高い油脂はゴムを収縮させる
逆にアニリン点の低い油脂はゴムを膨潤させる
でした。
PAOのアニリン点はというと120〜130℃もあり、約100℃付近に対して安定するニトリルゴムに対しては強い収縮作用があったのです。
これが、「旧車に化学合成油はオイル漏れ」の実態であり本質です。
第三章【みんなで対策したからもう大丈夫】
この事件(?)を受けて、もちろん各業界も原因を突き止め対策が打たれました。
・オイルメーカーの動き
オイルの添加剤の中にアニリン点の低い素材を含めることでニトリルゴムに対しても安定するように調整を図る。
・エンジンメーカーの動き
シールゴム素材に、NBR(ニトリルゴム)より化学的に安定しているACM(アクリルゴム)やFKM(フッ素ゴム)の積極採用。
・規格業界の動き
オイル規格にシールゴム適合性試験を追加
これら各方面の努力と進化により、現在ではオイル漏れの話はほとんど聞かなくなりました。
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なのでもう、
「旧車には鉱物油ぢゃないと…(~_~;)」
みたいな時代錯誤発言はやめましょう。
そして当社としても旧車向けオイルにはアニリン点を測定,公表しなければなりませんね。
ところで、一度収縮したシールゴムはオイルを抜けば復活しないのでしょうか?
「旧車にPAOの化学合成油入れてしばらくしたらオイル漏れ始めた!」
「急いで元の鉱物油に入れ替えなくちゃ!」
↓
手遅れです。
ゴムには可塑剤が含まれています。可塑(かそ)とは、柔軟性があること。
アニリン点の高い油脂はゴムに含まれる可塑剤を溶解(抽出)してしまいます。
一度溶け出たものは当然元には戻りません。
可塑性のなくなったゴム(シール)は弾力を失い、それで機械部との隙間が生じてオイルが漏れだします。
というわけでシールゴムの収縮は不可逆なんです。
一度漏れたら基本的にはエンジン組みなおしてシール交換です。
(漏れ止め添加剤というのもあるけど、所詮粘度指数向上剤(高分子ポリマー)なので寿命は短く、根本解決にならない。)
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てなると次に気になるのは逆の膨潤作用ですよね。
こっちの説明は省きますが、膨潤は可逆性があるのでオイルを抜けばシールの弾力性はまた正規に落ち着きます。
また、膨潤はゴム組織を破壊するわけではないので延々と膨らみ続けることもなく、ある一点で弾力性と釣り合い、そこで止まります。
収縮に比べたらずいぶんとお手柔らかな話ですね。